時間の多元性を意識する。
確かに時間は単一的に流れるのではないのに、歴史書のように、ある一つの視点から、それだけを抽出してその他を排除してみてしまう。けれどそうではない。私は今パソコンに向かってこれを書きながら、外の工事の音を聞きながら、風を感じながら、窓を開けて、時間のデザインについて考えているのである。でも、単一的にみるのなら、家にいる時間、とか、時間のデザインを考察している時間、ということになるのである。そうじゃない。時間のデザインはその多元性に着目することから始まる。
プログラムとストーリー。
トライアスロンを例に、各種目がプログラムされているのと同時に、選手たちの各ストーリーがある。タイムを競うことが主軸であると同時に、そこに参加するまでのストーリーがあるのである。
始まりと終わりを意識する
始まりと終わりがあること、始まらないし終わらないこと。障害がある人たちがデザインした洋服についてのドキュメンタリーにおいて、彼らはそれを始まりとも終わってないし終わりもなく作っている、そのデザインの重厚さ、ものの価値の重厚さは一瞬で目を奪われる、タイムレスでプライスレス的存在としてそこにある。また、一瞬をとらえると思われる写真の中に、一枚の始まりから終わりの映画のフィルムを収めることで、それは時間の概念とカメラで一瞬をとらえるという機能を覆すような作用を感じる。
伝説を作る
フランスで毎年いつどこから出現するかわからないイベントが継続されることによって、それは伝説となり永遠を感じざるを得ない感覚になっていく。ある年のあるイベントだったものが時間的な枠組みを超える。語り継がれることで永続化する。
エコイベント
参加、体験することでその未来にもアプローチする。主体的参画を生むプログラムデザイン。
プロジェクションマッピング
歴史と最新テクノロジーの融合によりデザインした時間が生み出したもの。